以前、不動産売買の立会業務での事前準備と作成書類についてお話しされていましたが、当日に気を付ける点はありますか?
私は決済当日、次の注意をして決済に臨んでいます。実は当日注意すべきことはそれほど多くありません。
この記事は、私が諸先輩方から教えていただいたことや自分で調べたり経験したことの「知の伝承」をするための記事です。今回は不動産決済編の第3回目(最終回)です。第1回目と2回目の記事はこちらから!
ケーススタディ(再確認)
令和5年4月21日に知り合いの不動産仲介業者から甲土地の不動産売買の登記手続き(令和5年5月15日付)の依頼と見積もりの発行依頼を受けました。
この場合、立合い業務の準備として、注意すべきことは何があるでしょうか?
事例は前回と同様です。この記事では、決済当日に注意する事項について、私の視点についてお話ししていこうと思います。
前日までにすべきこと
決済の日程が近づきましたら、次のことを確認します。
ごくまれに決済の日時が変更となることがあります。また、司法書士への連絡が忘れられてしまう可能性もありますので、念のため確認しておきます。
日程がズレることは稀ですが、時間が変更となることは時々あります。
登記識別情報は、不発行の申し出や発効後でも失効させることもできます。
そのため、登記識別情報が現在効力を持っているか確認することが必要となります。
方法としては、登記識別情報有効証明(有料)と登記識別情報未失効照会(無料)の2種類があります。
しかし、決済の場合、登記識別情報を事前に取得できることは稀でしょうから、登記識別情報の番号が必要な有効証明を取得することはできません。そのため、該当の登記申請の際に発行された登記識別情報が「当該登記に係る登記識別情報が通知され、かつ、失効していません。」という未失効照会を取得します。
登記識別情報未失効照会は、申請用総合ソフトで簡単に取得できます。
事務所によってはここまでやらない事務所も多くあると思いますが、登記識別情報失効の申出が年数件あるそうなので、私は念のため確認しています。
最後に作成した書類の誤字や必要な書類が揃っているか確認します。概ね次の書類の最終確認を行っています。
- 申請書
- 押印書類
- 請求書・領収書
- 登記識別情報を入れる封筒(書面申請の場合で登記済証でない場合)
- 法務局からの返信用封筒(登記識別情報の受取を郵便で行う場合)
決済を成功させる秘訣は、当日の手数(特に現場での手数)を徹底的に無くすことにあります。
事前閲覧(事前謄本)の取得
ここからは決済当日の注意事項についてお話しします。
まず、当日の朝に売買対象物件の事前閲覧を取得します。契約時と登記が相違ないか、また下記の事項がないかを確認します。
所有者が税金を滞納していたり、抵当権の実行がなされると、登記記録に差押の登記がなされます。
また、仮差押の登記がある場合も想定されます。
このような差押登記や仮差押登記がなされていると、決済は原則として中止となります。
私はいままででこのような状況に遭遇したことはありません。
個人の破産か法人の破産かで取り扱いは異なります。
個人が破産とすると、その所有不動産に破産の登記がなされることがあります。注意していただきたいのは、必ず登記されるわけではないらしいです。
個人である債務者について破産手続開始の決定があった場合において、次に掲げるときは、裁判所書記官は、職権で、遅滞なく、破産手続開始の登記を登記所に嘱託しなければならない。
一 当該破産者に関する登記があることを知ったとき。
二 破産財団に属する権利で登記がされたものがあることを知ったとき。
なお、破産開始決定がなされると、不動産を含め破産者の財産は破産財団を形成し、この破産財団を裁判所の許可なく処分することは認められません。
破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(日本国内にあるかどうかを問わない。)は、破産財団とする。
1 破産手続開始の決定があった場合には、破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利は、裁判所が選任した破産管財人に専属する。
2 破産管財人が次に掲げる行為をするには、裁判所の許可を得なければならない。
一 不動産に関する物権、登記すべき日本船舶又は外国船舶の任意売却
(省略)
5 第二項の許可を得ないでした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。
では、司法書士が当事者の破産を見過ごしてしまい、売買の登記をしてしまった場合はどうなるのでしょうか?
私見ではありますが、「破産の登記」を見過ごした場合でない限り、司法書士は責任を追及されないのではないかと思います。
なぜならば、司法書士は限られた時間の中で不動産売買の手続きをしなければなりません。
そのような制約された環境下で、売買の当事者が決済当日破産をしているかどうかなど、分かりようがないからです。といいますか、調べようがないからです。
まさか当事者に「破産しましたか?」と聞けるわけがないですしね。
一方で、法人が破産した場合、破産の登記は、当該法人の商業登記記録になされます。法人所有の不動産の登記記録に破産の登記がされるわけではありません。
法人である債務者について破産手続開始の決定があったときは、裁判所書記官は、職権で、遅滞なく、破産手続開始の登記を当該破産者の本店又は主たる事務所の所在地を管轄する登記所に嘱託しなければならない。ただし、破産者が外国法人であるときは、外国会社にあっては日本における各代表者(日本に住所を有するものに限る。)の住所地(日本に営業所を設けた外国会社にあっては、当該各営業所の所在地)、その他の外国法人にあっては各事務所の所在地を管轄する登記所に嘱託しなければならない。
そのため、万全を期すなら当日に当事者たる法人の登記事項を取得すべきだと考えます。
これまた私見ですが、個人の場合とは異なり、決済に朝までに商業登記記録に破産の登記があり、それを見過ごした場合は、司法書士はその責任を問われるのではないかと考えています。
正直なところ、商業登記記録まで確認する事務所は、ほとんどない気がします。
ただし、事故が起こってもここまで確認しておけば、司法書士に「過失なし」と判断される可能性が高いかと思います。
予告されていた地積更正登記がなされている場合は問題ありませんが、そうではない場合は契約内容と相違するため、売買代金の変更などが生じる可能性があります。
また、司法書士が作成する登記申請書や銀行の担保設定の物件印字にも影響を与える事項でもあります。
仮に予告の無い表題登記の変更がある場合は、速やかに仲介業者に連絡をしましょう。
この項は、事前に確認していれば起こりえない話だと思いますが、万が一発生した場合は、当日大混乱することになるでしょう。
これは論じるまでもなく、買主が認知されていない抹消される見込みがない担保権/用益権があることは、決済の中止すべき事案になると思われます。
現場にて
現地へは、早めにつきように心がけます。急いでいると思わぬミスや不測の事態に対応できなくなります。また車を運転していたら、事故を起こす可能性も高まります。
遅刻することの是非はともかく、有利になることは決してありません。
個人的には、20~30分前に到着するようにしています。自分のペースで決済を進めるため、心理的優位性を持っておきたいためです。
最後に私が主に注意している点について解説します。
運転免許証などで本人の確認を、売主・買主の双方に対象物件の確認と売却意思/購入意思の最終確認を行います。
いわゆる「ヒト・モノ・意思の確認」です。
特に登記義務者(売主)への確認は厳重に行うようにしています。
時々、本人確認義務違反で司法書士が懲戒にかけられています。本人確認の手法については別の記事で書きたいと思います。
登記識別情報/登記済証の登記年月日、受付番号、登記名義人の一致を確認します。
登記義務者(売主)の委任状に押印された印鑑が、印鑑証明書の印影と一致していることを確認します。
所有権移転における登記義務者(売主)の印鑑証明書には、有効期限として発行から3か月の期間制限があります。
可能性は低いですが、印鑑証明書取得後に住所移転をしている場合は、旧住所での印鑑証明書を取得は不可能になり、取下げの上、住所変更登記と所有権移転登記を後日することとなります。
前の記事でも触れていますが、農地法の許可/届出書の添付が必要である場合は、その内容を確認します。
時々、農地法の許可/届出を要する物件が漏れていたり、当事者の表示が違っていることがあります。
当日に農地法の許可/届出を更正できない場合は、決済は延期となりますので、事前に農地法の許可書/届出書が登記申請に耐えられるものか確認することを強く推奨します。
現金であれば、契約金額全額が売主に渡されたことを確認します。
振込であれば、契約金額全額が売主の預金口座に入金があることを確認します。以前は正直「なあなあ」だった部分でありますが、民法の改正で明記されました。
債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対してその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。
着金が確認できれば、所有権移転の特約の要件を満たし、所有権が移転するので、司法書士の報酬など、各種の清算を行い決済を解散します。
過去には、振込手続きが完了したときに解散するといったことがなされていました。
振込時に振込先が誤っている場合は、振込者にエラーメッセージが返されます。そのため振込手続きが完了しているのに着金しない可能性はほぼないと言えますので、振込手続きが完了をもって解散しても問題なさそうです。
ただし、上記の条文がありますので、売り主側の口座に入金を確認しておくことが推奨されます。
意外と盲点なのが、書類を管轄法務局に提出することです。「そんな奴はおらんやろ」とお考えの方もいるかと思いますが、それなりにあるような気がしています。
受理した法務局に対しては取下げ扱いになるし、管轄を持つ法務局に再度の申請となるので、超絶面倒くさいことになります。
私は、申請書を間違った管轄に提出した経験は、いまのところありません。
しかし、オンラインの添付書類を別管轄に送ったことはあり、超絶面倒くさかった記憶があります。
借入先などに受領証を送る
借入先がある場合はほぼ100%、また稀に売主や買主から受領証をFAXで送るように依頼を受けることはあります(場所が近いのなら持参してもいいでしょう)。
書面申請の場合は、管轄法務局が発行する受領証を送ります。
電子申請の場合は、受領証がありませんから、それに相当する「受付のお知らせ」を発行申請用総合ソフトから出して送ります。
なお、QRコード付き書面申請の場合は、受領証を発行してもらうことも、申請用総合ソフトから受付のお知らせを出力することも可能です。
送る時間については、すでに資金実行をしている場合は、その日のうちに送ればいいと聞いたことがありますが、できるだけ早く送ったほうがいいと思われます。
補正事項を見つけた場合
申請後に例えば登記権利者の氏名の記載が誤っているなど誤りがある場合は、速やかに登記官に向けて補正事項があり補正をお願いしたい旨を通知すべきです。
「補正事項があれば法務局から連絡があるんじゃないの?」と思われる方もいるかもしれませんが、登記官も全知全能の神ではないので、ミスする可能性もありますし、外字で登記すべきところを申請書には正字記載した場合は、そのまま登記の実行がなされます。
なお、申請書の記載に誤りがあり、その申請書に基づいた登記がなされた場合、登記官の過誤とは言えず(少なくとも現在の運用上は)、職権更正の対象外です。
1 登記官は、権利に関する登記に錯誤又は遺漏があることを発見したときは、遅滞なく、その旨を登記権利者及び登記義務者(登記権利者及び登記義務者がない場合にあっては、登記名義人。第3項及び第71条第1項において同じ。)に通知しなければならない。ただし、登記権利者、登記義務者又は登記名義人がそれぞれ二人以上あるときは、その一人に対し通知すれば足りる。
2 登記官は、前項の場合において、登記の錯誤又は遺漏が登記官の過誤によるものであるときは、遅滞なく、当該登記官を監督する法務局又は地方法務局の長の許可を得て、登記の更正をしなければならない。ただし、登記上の利害関係を有する第三者(当該登記の更正につき利害関係を有する抵当証券の所持人又は裏書人を含む。以下この項において同じ。)がある場合にあっては、当該第三者の承諾があるときに限る。
3 登記官が前項の登記の更正をしたときは、その旨を登記権利者及び登記義務者に通知しなければならない。この場合においては、第1項ただし書の規定を準用する。
4 第一項及び前項の通知は、代位者にもしなければならない。この場合においては、第1項ただし書の規定を準用する。
決済の一連の流れは以上です。
決済の成否は前日までの準備で90%以上決まっていると言っても過言ではありません。
正直ルーティンワークなので、ある程度の量をこなせばスキルは身につきます。