不動産登記手続きに用いる依頼者から司法書士への委任状にはどのようなものがありますか?
援用型委任状と副本型の委任状の2種類があります。
その特徴は次のとおりです。
この記事をご覧いただくと、司法書士が駆使する委任状の種類、その特徴と使い分けを理解していただけると思います。
不動産登記に用られる委任状は2種類あります
不動産登記申請に用いられる委任状には、大きく分けて援用型委任状と副本型委任状があります。
一般的に援用型委任状は記載する内容が少なく、副本型委任状は記載する内容が多くなる傾向があります。そのため補正になる率を考慮すれば援用型委任状を採用したほうが司法書士側としては楽だと言えます。
援用型委任状とは?
援用型委任状の最大の特徴は、「年月日登記原因証明情報記載のとおりの××登記申請に関する一切の件」との記載があることです。
援用型委任状例
委 任 状
名古屋市名東区八前二丁目310番地ライオンズマンション平和ヶ丘第3
司法書士 酒井 健
1. 下記登記申請に関する一切の権限
平成28年3月12日付登記原因証明情報に基づく
抵当権設定 登記申請に関する一切の件
2. 当該登記申請に関し、登記申請書及び当該登記申請に必要な書面を作成すること並びに登記申請書及び添付書類を管轄登記所に代理して提出する一切の権限
3. 登記完了証の代理受領に関する一切の権限
4. 復代理人の選任に関する一切の権限
5. 原本還付請求及びその受領に関する一切の権限
6. 登記の申請に不備がある場合、当該登記申請の取下又は補正をすることに関する一切の権限
7. 登記に係る登録免許税の現金還付の請求及び受領又は再使用証明申出の請求受領に関する一切の権限
令和4年6月7日
住 所
氏 名
登記原因証明情報に振っているので、登記原因の表示や当事者の表示、不動産の表示の記載を委任状から省略できるものです。これは先例上認められた形式の委任状です。
先例上の要件は、登記原因を証する書面を添付した場合と記載されているので、現在の不動産登記法では、ほぼすべての登記申請について登記原因証明情報が添付されますから、こちらの委任状を利用したほうが効率的である気がします。
しかし、注意すべき点も多い委任状でもあります。その詳細は使い分けの欄に記載します。
副本型委任状とは?
副本型委任状とは次のとおり登記申請書に記載する事項を掲げる委任状の形式です。
副本型委任状例
委 任 状
名古屋市名東区八前二丁目310番地ライオンズマンション平和ヶ丘第3
司法書士 酒井 健
1. 下記登記申請に関する一切の権限
登記の目的 抵当権抹消
原 因 令和4年7月1日 解除
権 利 者 本店所在地 A銀行
義 務 者 住所 何某
不動産の表示 名古屋市名東区×× 1番2 の土地
名古屋市名東区××1番地2 家屋番号 1番2の建物
2. 当該登記申請に関し、登記申請書及び当該登記申請に必要な書面を作成すること並びに登記申請書及び添付書類を管轄登記所に代理して提出する一切の権限
3. 登記完了証の代理受領に関する一切の権限
4. 復代理人の選任に関する一切の権限
5. 原本還付請求及びその受領に関する一切の権限
6. 登記の申請に不備がある場合、当該登記申請の取下又は補正をすることに関する一切の権限
7. 登記に係る登録免許税の現金還付の請求及び受領又は再使用証明申出の請求受領に関する一切の権限
令和4年6月7日
住 所
氏 名
登記申請事項を列挙していくので、どうしても記載量が多くなってしまいます。記載量が多くなれば、当然間違った記載をするリスクは高くなるので、司法書士のリスクヘッジとしてはできるだけこの様式は避けたくなるものです。
しかし、この形式を用いなければならない場面も存在するのです。
使い分けは?
援用型委任状の弱点1 先立って委任を受けられない
援用型委任状は、例えば「令和4年7月1日付登記原因証明情報記載のとおりの所有権移転登記…」と記載しているのにも関わらず、委任日を令和4年6月7日とすることはできません。
令和4年6月7日の時点では、7月1日付の登記原因証明情報はこの世界に存在していない。つまり架空の登記原因証明情報に基づくこととなるので、委任事項として必要となる事項が特定されていないというロジックが成立してしまうからです。
そのため、この援用型委任状は、登記原因証明情報作成日以降に委任を受ける場合に限定されてしまいます。
例えば、決済当日に欠席をするため、売買に先立って本人確認で自宅をする場合には、この様式の委任状は利用できません(作成日付を売買日として記入しておいてそこに署名押印をもらうのなら話は別ですが…)。
援用型委任状の弱点2 報告型の登記原因証明情報を提供する場合に限る
現在、多くの登記申請には、登記原因証明情報の添付が求められていますが、援用型委任状が使用できるのは司法書士が作成した登記原因証明情報が提供している場合に限られてしまいます(一部の例外はあります)。
例えば、所有権登記名義人住所変更登記の場合、登記原因証明情報として住民票を提出することとなります。しかし、「登記原因証明情報記載のとおりの」という記載では、その住民票のどの部分が登記原因を証明しているのかが不明であり、委任内容の特定性に欠けるからだというのです。
したがって、単独申請の場合は、まず援用型の委任状は利用できないといえるでしょう。
以上、は昔勤めていた事務所の先輩から聞いた見解なんですが、私もその通りだと思うので掲載しておきます。
ちなみに、相続登記を援用型委任状でやっている事務所も聞いたことがあります。
私は、相続登記では間違いなく副本型を使いますが、援用型を使いたい方は自己責任で。
援用型委任状の弱点3 顧客に説明しにくい
司法書士には、登記申請の際に「ヒト・モノ・意思」確認が求められています。
副本型委任状であれば、いつ、誰が、誰に、どの物件を、そのような権利変動が起こるかがすべて記載されていますので、依頼者とともに委任状の内容を確認し、本人確認書類の提示があれば、概ね「ヒト・モノ・意思」の確認ができてしまいます。
援用型委任状は、別途登記原因証明情報を参照する必要がありますので、依頼者にとって明瞭とは言えません。また、一般の方には「登記原因証明情報」と言われても何のことだかわかりませんからね。
余談ですが、私は、お客様に登記原因証明情報について説明をするときは「権利変動の過程を簡潔に記した書類」と説明しています。
援用型委任状の逆の結論となります。
登記原因より前の日で委任を受けなければならないケースは結構ありますので、その場合はこちらを利用します。
また、相続登記などの単独申請となる登記に関してもこちらの方を採用しておいたほうが無難です。
例えば、外国に居住する日本人が不動産の売却する場面で、一時帰国した際に公証役場で認証を受ける場合を考えてみましょう。
一時帰国時に公証人の認証を受け、その後代理人を立てて売買をする場合は、委任の日付は遅くとも公証役場での認証日となります。そのため、この場面で使用されるべきは援用型の委任状ということになります。
委任状ひとつとってもここまで書けるので、司法書士の世界は深いです。