司法書士の業務で不動産売買の決済手続きの立会業務があります。先生が気を付けている点を教えてください。
司法書士としていくつか注意すべき点があります。今回は準備編です。
近年大規模な司法書士法人が台頭し、司法書士試験に合格した司法書士がそのまま勤務するケースも多くなっています。
しかし昨今、新人さんから「事務所で業務を教えてもらえない」とか、「理論を教えてもらえない」などという声を聞くようになってきました。
このシリーズでは、私が諸先輩方から教えていただいたことや自分で調べたり経験したことの「知の伝承」をしていきたいと思います(「知の伝承」というのは少しばかり大げさではありますが…)。
ケーススタディ
令和5年4月21日に知り合いの不動産仲介業者から甲土地の不動産売買の登記手続き(令和5年5月15日付)の依頼と見積もりの発行依頼を受けました。
この場合、立合い業務の準備として、注意すべきことは何があるでしょうか?
この事例をもとにして、私の視点について解説していきます。
確認すべき事項(登記事項)
まず売買対象物件を確認し、その後登記事項を確認し、権利関係を把握します。
権利関係の把握は、司法書士試験合格者であれば朝飯前の話ですので、ここでは省略します。
住宅用家屋を含む売買の場合、住宅用家屋証明書が取得でき、登録免許税の減税ができるかが重要となります。
住宅用家屋証明書の取得の可否については、また別の記事で書きたいと思います。
確認すべき事項(許可事項)
売買対象の甲土地が、農地(田・畑・採草牧草地)である場合、農地法の許可または届出が必要になります。この許可/届出を書いている場合は、無効原因となりますので、申請は却下されることとなります。
農地を農地以外のものにするため又は採草放牧地を採草放牧地以外のもの(農地を除く。次項及び第四項において同じ。)にするため、これらの土地について第三条第一項本文に掲げる権利を設定し、又は移転する場合には、当事者が都道府県知事等の許可を受けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合は、この限りでない。
農地法の許可/届出の対象となる、「農地」とは、その土地が現に「耕作の目的に供される土地」かどうかで判断します(現況主義)。
とはいっても、全ての土地の申請について登記官が現地調査をして農地かどうかを判定するわけではありません。登記官の形式的審査権の範囲内で農地かどうかを判定します。
具体的には、登記上の地目が「田・畑・採草牧草地」の場合と固定資産の評価証明の現況地目の記載が「田・畑」またはそれに準ずるものに関しては、農地と判定しなくてはなりません。
例えば、登記地目「宅地」/課税地目「畑」の場合や登記地目「田」/課税地目「宅地」の場合は農地となりますので、許可/届出が必要となります。後者については、現況主義に反するのではないかとお考えの方もいるかもしれませんが、形式的審査権の範囲内ではやむを得ないでしょう。
登記地目「非農地」/課税地目「農地」の場合で、例外的に農地転用手続きが不要な場合があります。それは直近で農地から非農地への地目変更を行った場合です。
なぜならば、地目変更登記申請時に登記官が現況を確認して登記を非農地に変更しているためです。
また、市役所は1年に1回しか課税地目を改めないので、「非農地」の記載がある評価証明書などを添付できないことはやむを得ないという判断になろうかと思います。
ちなみに、農地法の届出で済む場合と許可が必要な場面の差異については次のとおりです。
なお、市街化区域においては届出時に効力が発生されることとなっていますが、市町村によっては「締め日」に届出たものとみなす運用をする市町村もありますのでご注意ください。農地法の手続は効力発生要件ですので、登記原因日付に影響を与える可能性があります。
ちなみに、農地転用手続きは司法書士が業として代理できませんのでご注意ください。
特に農地法の届出は比較的簡単な申請ですので、やりたくなってしまうかもしれませんが我慢です。
成年後見人が、成年被後見人の居住用財産を売却する場合は、家庭裁判所の許可が必要となります。
この「居住用不動産」とは、被後見人等の所有の不動産で①現在居住しているもの、②過去に居住していたもの、③居住する予定のあるものを指します。
成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。
一方で登記申請となると事情は異なります。
所有権移転登記の添付書類で、後見の登記事項証明書を添付することとなりますが、②と③については後見の登記事項証明書に記載のない住所を所在地とする物件であれば、形式的審査権しか有しない登記官は、裁判所の許可証の添付を求めることはできません。
一方で、後見の登記事項証明書に記載のある住所を所在地とする物件を対象とする登記申請は、家庭裁判所の許可の添付を要します。
もちろんそのような場合であっても、実体法上①~③の状況にある不動産の売却については、民法上の要請により、裁判所の許可が必要となることに変わりはありません。
破産者が不動産を持っていた場合、裁判所による競売の前に任意売却の手続きを取ることがあります。
原則的に任意売却が起こるような破産事件(管財事件)には弁護士が破産管財人として就任していますので、見落とす可能性は極めて低いのですが、登記の添付書面が変わりますので注意が必要だと思います(いずれ記事にします)。
1 破産手続開始の決定があった場合には、破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利は、裁判所が選任した破産管財人に専属する。
2 破産管財人が次に掲げる行為をするには、裁判所の許可を得なければならない。
一 不動産に関する物権、登記すべき日本船舶又は外国船舶の任意売却
宗教法人が境内地などを売却する場合は、本山の許可(例えば、浄土真宗本願寺派なら京都市の西本願寺)が必要だったりします。
また、会社と取締役の間の売買だったりすると利益相反行為の検討を要します。
このように、法人が当事者となる場合は、一段高いレベルの注意を要します。
確認すべき事項(契約条項)
見積もりの依頼があると、仲介業者から評価証明や売買契約書が送られてくると思います。売買契約書の基本的なチェック事項として、売主・買主の住所、対象不動産の所在地及び数などをチェックすると思いますが、私は次の事項も併せて確認しています。
通常の土地売買による所有権移転手続きでは、「当該物件の所有権は、代金全額の支払いと同時に移転する」などの特約が付されています。私の経験上、ほぼ100%この条項があります。
民法上の売買契約は、代金支払いの約束と所有権の移転の約束が要件となりますが、この条項によりその要件に代金の支払いが要件に加わります。
そのため、所有権移転の日が変わりますのでご注意いただきたいと思います。
建物が存在する場合、その建物は売買の対象なのか、取り壊すのかろ確認する必要があります。
売買の対象であれば、不動産の表示に記載があるはずですし、売買の対象でないのであれば、特約事項に「取り壊しの上、滅失登記をする」などの記載があるはずなので、確認をしてください。
不動産売買では、現状有姿売買だとか、公簿売買だとか様々な条件が付くことがあります。
その中で最も厳密な売買が、確定測量の後に売買をするケースです。確定測量をしますので、後々面積の相違などが生じないわけで、紛争が起こりにくいわけです。
確定測量をしたなら地積更正の登記がなされる可能性があります。地積更正登記をするか否かは特約事項に記載があります。
地積更正登記がなされると、課税価格、登録免許税に変更が生じます。また、地積が変われば売買代金にも影響を与える可能性が高く、錯誤取消しの問題さえも生じますので、きちんと確認しておくべき事項です。
居住用不動産の取得等に対しては、政策上減税措置が採られています。住宅用家屋証明書の取得の可否については、深い内容となりますので別の記事に譲りたいと思います。
聞き出すべき事項
一通りの検討が済みましたら見積書を送るついでに仲介業者に次の事項を確認します。
売主の住所移転については、売買契約書記載の売主の住所と登記簿上の住所を見ることによって、ある程度の推測ができますが、契約後の住所移転については確認するしかありません。
売主が登記識別情報を現在所持しているかどうかを確認します。ない場合は、本人確認情報の準備に入ります。
中小企業では、会社の認印、実印の持ち出しは比較的容易なのですが、大企業となると実印はもとより認印ですら持ち出しが禁止されている企業も多くあります。
持ち出しが禁止されているようであれば、事前に押印書類を送って当日持ってきてもらう手はずを整えます。
契約書で地積更正の有無を確認すると記載しましたが、特約事項に「地積更正登記をする」と記載があっても、地積更正登記をしないこともありますので、わたしは念のため確認することとしています。
当日に欠席したい意向がある場合、事前の本人確認と押印の手配が必要となります。
関係各所へ連絡
準備の最後は、関係各所へ連絡します。基本的には不動産仲介業者から連絡がなされますが、司法書士からも念のため連絡をしておいた方がいいと思います。
経験上、決済の数日前に念のため連絡をしたところ、連絡漏れが判明したケースもあります。
抹消銀行は、印象が薄くなりがちなのか忘れられるケースがごくまれにあります。ただし、所有権移転登記の前提条件としては担保権の抹消がありますので、実は重要な確認事項です。
基本的に抹消書類は抹消銀行の担当者が用意しますが、慣れていない金融機関から解除証書などの作成を依頼されることもあります。
金融機関によっては、①当日決済現場に同席するパターン、②同席せず着金確認後、抹消銀行に司法書士が取りに行くパターンがありますので、どのパターンになるのかを確認する必要があるでしょう。
基本的に所有権の売買の原資は、買主が融資を受けたお金になります。そのため、意識が向かないことは考えにくいですが、設定書類の受領、物件印字の調整をしなくてはいけませんので、連絡します。
具体的には、(登記識別情報)、印鑑証明書と住民票の預かりを金融機関で預かってもらえるかを確認します。
所有権移転に許可等が必要である場合、その許可申請の担当者に連絡を取ります。既に許可済みなら許可証のデータを送ってもらいましょう。
許可前であっても、申請書の写しを送ってもらった方がいいです。特に農地法の届出が本人申請である場合、登記の添付書類に耐えられないケースが経験上ままあり、決済当日に更正手続きをおこなったり、決済が流れることもあります。
市街化区域に於ける農地法の届出では制度上、買主の住所証明書を提出しませんから、買主の記載間違いを農業委員会でチェックすることができないのです。登記手続と異なり記載内容の審査が緩いのです。特に行政書士が関与しない本人申請での不備の率が高いです。
もっとも、許可証の不備は司法書士の責任ではありませんが、許可証の不備により決済の中止判断を下すのは、なんとも後味が悪いものになります。
決済の事前準備は以上のとおりです。次の記事では登記原因証明情報などの作成についてまとめます。
続編はこちらです。